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コラム

サイゴン、NY、アルバカーキ――Buiという名のアメラシアン


 ベトナム戦争当時、ベトナム人の母と米兵の父から生まれた子供たちがいる。60~70歳になったその元米兵たちがいま、顔も見たことのない子供たちを探している。BBCが4月26日、報じた。

■40番地を探して

 ソフト帽をかぶった、背が高く痩せたアメリカ人が、ホーチミン市の小さな路地を歩いていた。手にはアルバム、隣にはベトナム人通訳Hung Phan。20年以上にわたって、子供を探す何十人という元米兵を助けてきた。その彼の最も新しい客が、Jerry Quinnである。

 「僕たちは、40番地に住んでたんだ」そう話しながら、目で番地を追うQuinn。40番。そこが、ベトナム人のガールフレンドと、住んでいた家だ。

 だがそこに40番地はなかった。この地域に住む老齢の男性が、説明する。1975年以降、Sai Gonという街はホーチミン市に名を変え、街は発展し、さまざまな変化があったのだと。通りの名も、番地も変わってしまった。

 Quinnは、Sai Gon軍を支援すべく南ベトナムに送られた、200万の米兵のひとり。この戦争で、地元の女性と米兵のあいだに、10万人もの子供が生まれたと言われている。

 その兵士たちがいま、一部の人が罪悪感から、または自分の子に何が起きたのか知りたいと思い、そして「何も知りたくないという人もいる」Brian Hjortが言う。

 Hung PhanとともにHjortは、非営利組織『Father Founded』を運営し、アメリカ人の父親たちが、自分の子供にめぐり合うことを助けている。

 Hjortはデンマーク人、1980年代にベトナムにやってきて、不憫な子供たちに出会った。多くの子供たちが、父の写真を持ち、その名を知っていた。アメリカ政府が管理していた兵士たちの書類により、子供たちと父親の糸はすぐに手繰り寄せられた。だが時に、彼らの反応に驚かされることもあった。「何の関係もない」「自分の子ではない」そういう人も多かった。

 しかし、台湾で宣教師として働くJerry Quinnは、会いたかった。中東で働いていた際に、過去を埋めなさい、そう神に言われたような気がしたという。

 1973年、Brandyというガールフレンドが身ごもり、2人は結婚を話し合った。しかし当時、キッシンジャー国務長官は、北ベトナムと「名誉ある平和」を交渉していた。そして最終的な合意で、米軍は直ちにベトナムから撤退、Quinnも帰国の途につくことになった。

 「何とか連絡を保とうしたんだ。1年間は月100ドルを彼女に送っていた。本当に届いているかはわからなかったけど」。Brandyは3枚の写真を送ってきた。

 そして40年後、彼はそれを手に、ホーチミン市で出会う人々に、尋ねて回っている。写真の1枚は、20歳くらいの、すらりと背の高い、愛らしいベトナム人女性Brandyであり、もう1枚は、彼女が息子と写っているもの。最後の1枚には、白い上着の女性と彼女が写っていた。

■一枚の写真

 捜索が3日目を迎えると、Quinnは絶望を感じ始めた。

 Hung Phanと、2人が住んでいた家の近くのフォー屋を訪ねる。女店主はアルバムを1ページずつめくり、Brandyと白い服の女性の写真で手を止めた。「この人は、この近くで助産婦をしていた人ね。でも今は、アメリカにいるのよ。時々戻ってくるんだけど。そうそう、彼女の娘さんが、ここで昨日食べていったのよ」。

 Quinnは、女店主に連絡を頼み、後日彼は、Kimという助産婦に会うことができた。

 そのKimさんは、ホーチミン市中心部の高級ホテルに、カリフォルニアから来た医師の夫と暮らしていた。親友であったBrandyのことはよく覚えており、彼女自ら、Brandyのお産を助けたのだという。

 喜びに溢れる涙。どうか、我が子の誕生を助けたその手を握らせてはもらえないか、Quinnはそう、Kimさんに頼んだ。

 QuinnはBrandyと息子の写真をFacebookに掲載し、「Bui」という苗字の40歳の人を探している、と書いた。

 そして、8,500マイル先のニューメキシコ州アルバカーキに住む「Gary Bui」という男性が、この写真を見た。

 Quinnはすぐさまアルバカーキに飛んだ。タクシーのなかで、高鳴る胸は収まらなかった。「自分を受け入れてくれるだろうか。40年も父を待っていた。抱きしめさせてくれるだろうか。電話では、感情を表に出さない方法を学んだとも言っていた……」。

 家のなかで、家族みなが待っていてくれていた。40年後の出会いは、涙のなかだった。Quinnは、自分に2人の孫がいることを知った。

 Garyが少しずつ、母との話を語り始めた。

 母Brandyさんは、米兵との間に生まれた子を持つたくさんの母親と同様に、子供を捨てていた。恐ろしさからだ。彼女は子供を友人に託し、Sai Gonを離れさせた。

 Garyは森に住み、テントで暮らし、いつもひもじい思いをしていた。他の子供たちからいじめられ、娼婦の子とさげすまれた。4歳で孤児院に入れられ、それから4年後に、米政府のアメラシアンの子供たちの渡米プログラムで、ニューヨークに連れて来られた。養親と生きるなかでも彼は、写真を大切に持っていた。母がQuinnに贈った写真と、同じものだった。

 「君が孤児になっていたなんて、知らなかった。ずっとお母さんと暮らしていると思っていた。君のことをもっと知らなければならない。遅すぎることはわかっている、でも私は、君の人生の一部になりたいんだ」Quinnはこう話した。

(Lao Dong)


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(2014/05/03 02:00更新)

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